(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

見逃しより空振り主義

どうも1週間くらいご無沙汰しておりましたタケルンバです。
1週間も更新しないと、やはりアクセスは減るもんで、ブログは更新してナンボだなあと改めて感じた次第。新しい何かがないとダメだなあと。
そう考えて、やっぱり具体的行動の大切さに思いを馳せたわけです。結局、具体的行動をとることでしかコトの成否、真贋、善悪はわからない。ポパーのいうところの「反証可能性」と言いますかね。何かすることでリアクションが起こりうる。それはまた時に不都合な答えが出ることもあるわけですが、正解にしろ不正解にしろ答えは出る。で、その方が科学的であると。
例えば恋愛において、グズグズしてるだけというのは最も非科学なわけですよ。自分が好きなだけ。相手の気持ちはわからない。せいぜいメリットは「傷付くリスクがない」というだけ。でもこれはデメリットでもあるわけですな。「付き合えるチャンスもない」と。
これは仕事でも何でもそうで、何もしないということは痛手を負わないかわりに、何の果実も得られない。果実が欲しいなら一歩を踏み出すべきなのですな。まして年がいってねえうちはそう。失敗したら失敗しただけの経験値が入る。そうなりゃ次に役立てることも可能なわけで、若けりゃ若いほど、その経験値は次の機会に転用可能。年をとればその経験値を活かす機会がないし、痛手に見合わないから勝負しないというケースが出てくるけども、若いうちはオール勝負でOK。女の子に振られたり、人に怒られるくらいなら前進あるのみ。
そこまで考えて我らが福田大首相様の何もしなさっぷりというのは、個人の資質もさることながら、年齢的なものも大きいような気もする次第。あそこまで無作為というのも偉大ですわね。何かしでかしたら取り返しがつかない年齢というのはわかりますが、何もしねえことでかえって取り返しつかねえことになっているような。何だかんだで政治は具体的行動があってナンボ。批判できる・されるようなことがあってこそ政治なわけで、批判しようがないヤツというのはかなりナニだなあと。守りに入ってる年寄りって見苦しいねえ。