(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

買い物スターウォーズ風

Episode1 ファントム・メンチ

タケルンバはその日、アスパラと鶏の梅風味炒めをつくろうと思っていた。

そのつもりで、スーパーに行った。梅肉はある。梅オカカがある。

あとはアスパラと鶏肉を買えばよかった。それだけで……よかった。
タケルンバはスーパーについた。鼻腔をくすぐる香り。……メンチカツだ。揚げたてのメンチカツが運ばれていた。香ばしい衣と肉の香り。タケルンバの目と鼻と、そして何より心が動かされていた。
メンチの先には「本日特売」の張り紙。1個60円。心に続いて財布までもが動かされようとしていた。
「いやいや、違う。メンチじゃない。今日はアスパラなんだ、鶏肉なんだ」
メンチを買えばオカズが二重になってしまう。それはオカズ過剰である。今日のオカズはあくまでアスパラと鶏の梅風味炒め。メンチじゃないのだ、メンチでは……ないのだ。
メンチを振り払い、タケルンバは先に進んだ。

Episode2 クロちゃんの攻撃

先に進むと見知った顔があった。友人の黒田。通称クロちゃんであった。
クロちゃんとはタイの話題で盛り上がる仲である。タケルンバはいつものように声をかけた。
「おお、久しぶり、サワディカーップ!*1
そのとき、遠くで光る目の存在に二人は気付かなかった。その目は静かに近づいてきた。あっという間に目の前にきた。
「ウリャリャチョリャリャリャーップ」
……?
「チョチョリャリャチャクチャックーップ」
……???
どうやらタケルンバの「サワティカーップ」の声に「あ、同胞がいる」と思い、タイの方が声をかけてきたようだった。
散々タケルンバタイ語で声をかけるも、通じないとみるや、彼はクロちゃんに片言の日本語で話しかけた。
「コノ人、タイノ人ジャナイノー」
「タイノ人ダトオモッタヨー」
「ドコカラドウ見テモタイヨ。タイノ人ヨ」
クロちゃんは言った。
「タイ生まれだからね」
違う違う違う。

Episode3 カブの復讐

クロちゃんとタイの方と別れ、タケルンバは野菜コーナーへ進む。タケルンバが求めるアスパラはここにある。しかしタケルンバは見つけてしまった。真っ白に輝くカブを。緑の葉が生命の躍動を示すカブを。
そのカブは静かにタケルンバの心にはたらきかけてきた。そしてタケルンバもわかっていた。これはうまい。間違いなくうまい。
「くっくっく、こしゃくな。この雄山タケルンバの心を動かすとはあっぱれなカブではないか」
しかし、このときタケルンバの頭脳で驚くべき検索が行われていたことを知る由もなかった。

カブ メンチ の検索結果 約1件中 1件目(0.23秒)

  • カブの味噌汁とメンチカツでご飯

それは甘いささやきだった。甘すぎるささやきだった。目の前のカブを味噌汁にする。そして、あのメンチをオカズに食す。
完璧すぎる組み合わせだった。完璧すぎて怖いくらいだった。それに抗えるすべをタケルンバは持っていなかった。タケルンバは静かにカブをかごに入れた。油揚げも入れた。味噌汁への体制は完璧に整った。アスパラと鶏肉のことは、このときはもう頭の中にはなかった。
さらば、アスパラよ、鶏肉よ。またいつの日か……会おう。

Episode4 レジの逆襲

タケルンバはかごにメンチ・カブ・油揚げを入れ、レジに行った。新人の女の子だった。レジの使い方がわかってないようだった。
「主任。すみません、カブのボタンどこですか?」
主任が答える前にオレが答えた。
「右上。ネギの下」
あ、すみませんと彼女は答えた。何故オレの方がレジのボタン配置を知っている。
しかしまたもや疑問に突き当たったようだ。
「しゅにーん、すみません。今日のメンチはいくらですか?」
「特売だから60円」またも即答。「あ……すみません」と女の子。
そして品物の打ち込みが終わり、会計の段。タケルンバは千円札を渡す。彼女はレジを操作する。開かない。レジが開かない。
思わずタケルンバは言った。
「青い20ってボタン押して。最後に年齢ボタンを押さないと、レジ開かないよ」
そうなのだ。POSレジではデータ収集のため、最後に男女の年齢ボタンを押すのだ。それをさりげなく教えた。さりげなく年齢を偽装して。
「すみません。何度も」
彼女は頭を下げた。ボタンを押した。レジが開いた。何事もなかった。無事に会計は終わり、タケルンバは店を出た。
ただ、タケルンバは見逃さなかった。彼女が青い40のボタンを押すところを。
……まだ40じゃねえ!
(Fin.)

*1:「こんにちは」などの意味があるタイでの挨拶