(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

隠語の意味は知られてはいけない

内容を知られないための言葉

隠語というか業界用語というか、ある特定の世界の住人だけに通用する言葉があります。そういう言葉というのは、その言葉をかわす人以外には、内容を知られたくないから存在するし使われる。
例えば「ゴキブリが出た」なんて話は、飲食業界では非常に聞こえが悪い。なので「ゴキブリ」を他の言葉に言いかえる。「トイレ」なんかもそうですな。その「言いかえ」が隠語であり業界用語になるわけです。
ということは、会話の内容を隠すことが隠語の意義なので、隠語の意味が知られてしまっては意味がない。「隠語」の「隠」、即ち「隠す」ことができないなら、そういう言葉を使う意味がない。隠すための言葉なわけですからねえ、隠語って。「太郎が出ました」を「ゴキブリが出た」と客にわかられてしまっては、ゴキブリを太郎と言いかえた意味がない。
なので、隠語というのは、その業界人以外にはナイショにしておいた方がいいし、知られないようにしておいた方がいい。言葉の意味を知られていないことが、隠語を使うために必須の環境なわけだから、その環境を崩すようなことはしない方が得策なわけね。俺みたいな好奇心旺盛の人間がいたり、ネットで情報があっという間に流されるからこそ、ナイショにしておいた方がいい。
また自分自身「知らないほうが良かったな」と思うことがある。特に医療関係の用語は、命とか尊厳を扱うからこそ、聞いたときに気分が悪くなるものがある。自分の知り合い、親戚、肉親が関わっていれば尚更。

スパゲティ

「スパゲティ」という隠語があります。知り合いの看護士から教えてもらった言葉。
意味はというと、スパゲティを想像して欲しい。麺がもられた状態をイメージして欲しい。その麺のイメージを、ベッドに寝ている患者に重ねてみる。人工呼吸器や点滴、各種の医療機械が体につなげられ、コードが絡み合うように何本も伸びている。そういう患者の状態が「スパゲティ」。転じて、死期が近い、末期の状態を指すこともある。
叔母がガンで入院していた。お見舞いに行った。そのとき、トイレから病室に戻る途中、偶然に看護士同士の会話が耳に入った。

「スパゲティの○○さん」

細かい会話の内容はわからない。けれども、叔母について話していたのはわかった。叔母の名前が出ていたから。そして「スパゲティの」という前置きつきで呼ばれていたから。
「スパゲティ」の意味がわからなければ、多分何とも思わない。想像たくましければ何となく気付く可能性もあるけれども、それはあくまで想像だし、確信が持てない。疑問を感じつつもスルーしたと思う。そもそも、叔母についての会話の存在に気付かなかったかもしれん。隠語としての効果を発揮していたはず。
ただ、俺は知ってたのだ。偶然に。しかも業界人からの説明つきで。
となると、俺には意味が通じてしまう。隠語足りえない。隠しきれていない。
もちろん会話している看護士には、俺がそういう知識を持っていたことなんかわかりようがない。また、叔母に対する悪意もない。バカにする意図なんかないし、むしろ善意をもって仕事をするための相談であり、情報伝達をしていたに相違ない。それはそれまでの行動とか、それ以降の行動を見ても信じれる。
けども悪意に見えてしまうのだ。言葉の意味を知っていると。そしてそれを身内に使われると。真摯に尽くしてもらっているからこそ、「スパゲティ」という言葉が悪意に見えてしまう。気にならないようにすればするほど、言葉の軽さが気になってしまうもんなんですよ。普通なら気にしないのに。他人への話なら気にならないはずなのに。わがままなことだが、身内に対してはちょっとね。
世の中には知らない方がいいこともあるし、知らせない方がいいこともある。ことに隠語に関しては、自分の経験上、強く思うわけでありました。

注意

あくまでこの話はタケルンバの個人的経験と、個人的観測に基づくものです。看護士業界や医療業界全体が隠語を使うわけではありません。