(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

スープ割りを称える

麺類が好きなので、つけ麺もよく食べるのだが、それにしても感心する。

「スープ割りを考えたヤツはエライ!」

スープ割りができるようになったのって、比較的最近な気がするのさ*1。それ以前にもつけ麺はあったんだけど、スープ割りができる感じじゃなかったし、そもそもそういう文化がなかったので、スープ割りをしようと思わなかった。食後、つけダレにスープを入れられるという発想がなかったんだよな。
なので、最初にスープ割りを思いついたヤツはエライと思う*2。なかったものをつくるという意味で革命。世の中をスープ割りのない世界から、スープ割りがある世界に変えたわけだ。小さな一歩だが世界を変えたことには間違いない。ちと大げさか。
しかしよくよく考えてみると、こういう目からウロコの新発見って、意外と最近でも生まれてるよね。

牛丼のつゆだく

これもかつては一般的じゃなかった。ごくごくマニアックな層が注文していた方法で、一般的な言葉じゃなかった。そもそも牛丼にかかるつゆの量を指定するという発想がなかったはず。
「つゆだく」という言葉もまたいい。シンプルでわかりやすいし、なんか通っぽい。この言葉のおかげで牛丼に限らず丼モノ全般に汁量の調節という発想ができた気がする。

半熟ゆで卵天

さぬきうどんで最も驚いたオプションがこれ。そもそもゆで卵に衣をつけて揚げるという発想がなかったが、それを半熟でやると思わなかった。ラーメンの半熟ゆで卵も革命的だったが、半熟である上に天ぷらという、ひと段階上の革命である気がする。
そして実際にこれがうまいという罠。半熟の黄身にダシが絡むとうまいというのはラーメンで経験済みだったわけだが、そこに衣のガジバリ感がついてくる。衣に染みたダシもまたよし。これの元祖と言われる「竹清」はもっと評価されるべき。
つけ麺のダシはスープで割ってよく、牛丼はつゆ多めで注文することができ、半熟のゆで卵を天ぷらにするとますますうまいという新発見。それを日常化できるありがたさ。これらが楽しめる現代ってステキだねえ。

*1:元祖とも言われる存在の大勝軒では当たり前のシステムだったが、大勝軒以外では馴染みのないシステムだった。

*2:恐らく大勝軒山岸一雄氏だと思う。