(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

オーバースペックの不便

昔から馴染みにしている店がある。そこはカウンターと4人がけのテーブルがひとつだけの店で、和食中心のご飯もの屋さん。
その店に久々に行くと、厨房に食器洗浄機が入っていた。
「あれ、洗浄機入れたんだ?」
と聞くと、オヤジさんが
「そうなんだよー、これ、高かったんだぞー。リースだけどな」
と自慢げ。
「儲かってんね」と茶化しつつ、注文ができるのを待っていたわけだが、カウンター越しに作業を眺めていると、どうも効率が悪い。もともと混む店で、ひとりひとりの注文を順番にさばいていくため、出てくるまで時間がかかるのは覚悟のうえで店に行っているわけなんだけども、しかしそれにしても遅い。
しかし見てると理由がわかった。
明らかに食器洗浄機が邪魔になっていた。明らかに効率を落とす理由になっていた。

水回りスペースが狭くなった

カウンターキッチン形式の店のため、元々水回りスペースは狭い。その狭いスペースのところに食器洗浄機を置いたものだから、それまでの作業スペースまで狭くなり、余裕スペースもなくなった。「とりあえず、ここ置いとくか」の「とりあえず」の選択肢が食器洗浄機の存在によってとれなくなり、細かい作業をひとつひとつ片付ける必要が出てきてしまった。
本当は後回しにした方がよいものでも、後回しにできないし、より効率が上がる方法があっても、それを許すスペースがない。非常に作業がやりにくそうで、窮屈な印象。

食器洗浄機に入れる・入れない

食器洗浄機の洗剤はアルカリ性であることが多い*1。なのでグラスなんかを食器洗浄機で洗い続けると、白い皮膜というか、くもりのようなものができやすくなる。
同様に漆器はアレだとか、上薬はアレだとか、金細工とはどうのとか、何かと相性があって、基本的にはガラス製品とか、高そうな食器を洗うのには向いてない*2
この店は和食の店のため、漆器とか上薬がどうだとかの食器もあるし、お酒なんかも出すのでグラスもあるし、夏場なんかにはガラス食器を使ったりする。そのため、手洗いするもの・手洗い後に洗浄機に入れるもの・ダイレクトに洗浄機に入れるものという3種類に区分しているようだが、この区分けのために、ますます水回りスペースが狭くなっているし、本来の調理スペースまで侵食されていた。

食器洗浄機との相性が悪い

食器洗浄機は高温のお湯と洗剤を高圧で噴射する仕組みなので、油汚れ、水汚れにはめっぽう強い。ラーメン屋には特に向いており、丼を手洗いすることなく、食器洗浄機に入れるだけで十分きれいになる。油は分解するし、汚れは洗い流すし、何枚も一気に洗えるし、相性がとてもいい。
ところがところが、こびりつき汚れとの相性が悪い。焦げとか、ご飯かすとか、納豆とか。あまり相性が良くない。カピカピにご飯がくっついている場合、それを洗浄機でなんとかせいというのは非常に難しい相談であるし、また固形物のごみを洗浄機の中にためると、洗浄機自体のトラブルにつながる。どっちみち、あまり芳しい話じゃない。
そこでこの店。和食だ。当然ご飯も扱う。食器も洗浄機に入れられないものが多い。
要するに、洗浄機と相性が悪い。洗浄機があると便利だし、こと「洗う」という作業がラクになるのは事実なのだけれど、ラクになる度合いが低い。コストに見合わない。

片付けに手間を取られる

それだけの苦労をして、じゃどれだけ洗浄機導入のメリットがあるかというと、見ている限り意義を感じられない。それまではシンクのひとつにお湯をためておき、そこに食器を沈めておいて、一定量になったら洗うという流れでやっているようだったのだけれど、これまで書いたようにスペースがないものだから、あらゆる食器を小刻みに洗い、小刻みに片付けなければならない。
余計に作業が増えていたようだった。高いお金はたいて、洗浄機を導入した意味あるの?

オーバースペックによる非効率

どう見ても洗浄機が効率性を下げていた。手洗い時代の方が効率的だった。大枚はたいて機器を導入したはいいが、コストに見合う働きをするばかりか、かえって邪魔になっているようだった。リースなので長期間使わねばならないし、使っている間、洗浄機の洗剤やらリンスやらのコストがかかる。業務用の洗剤だから、その額もバカにならない。
食器洗浄機は便利で、優れた機器なのだけれど、それが活躍する条件を満たさないと、時に邪魔者になるという典型的な状態だった。

高いもの・便利なもの・評判がいいもの=必要なものではない

おそらくすすめられて導入したのだろうし、他の店で使っているのを見て、「うちでも」と思ったのだろう。高いのだから活躍するだろうし、自分の代わりに食器を洗ってくれるのだから便利だろうし、評判だっていい。こりゃ間違いないと。導入するにしかず。
ところが実際はそうじゃない。高くて、便利で、評判が良くても、それが必要であるとは限らない。高機能過ぎてかえって邪魔になるケースがある。たくさんのお皿を一気に洗えるメリットはあるが、たくさんのお皿を一気に洗えなければそのメリットは発生しない。それなら、ちょっとずつ手洗いでやっても同じ。
便利さの罠というかな。便利そうなものって使いたくなるし、欲しくなる。ところが、それが効率性に寄与するかというと、実はそうでもないことが結構あって。むしろ逆効果になったり。不思議なもんで、便利さを追い求めると、どこかで便利=不便になってしまう。どこかで価値が逆転してしまう。
この店にとってやるべきことは、食器洗浄機の導入ではなくて、シンクの入れ替えだったのかなと。水回りのステンレス製品を入れ替えることで、より作業スペースを増やすとか、身長とかとマッチした高さにすることで、洗うときの姿勢を楽にするとか。腰痛めやすいからね、皿洗いって。
ちょっとした選択なんだけど、その選択が便利にもするし不便にもする。「お金あるから」「より良いものを」という一見贅沢で豊かな選択が身を滅ぼす要因になることもあるんじゃないかなあと、以前よりせわしそうに動くオヤジさんを見て思った。

*1:中性のもあるけどね。

*2:あくまで一般論です。