(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

お笑いにレッスンプロとキャディを導入したい

先週のこのお笑いイベント。オレも見に行っていたわけですが。

あらためてお笑いというものは面白いものだなあと。やっぱり生はいいなあと思ったわけですが、同時に不満を感じた部分がありまして。ええ。

見た目がおしい

皆さんネタはしっかりしてるのですよ。やっぱり芸人。やっぱりプロ。ただ、細部の詰めが惜しいケースがままある。細部の詰めが惜しいから、逃している笑いが結構ある。
例えば衣装。見た目。ここがおざなりというケースがある。で、不思議と「いまいちだったな」と思う人と、見た目がダメな人が一致していた感じ。なんというか、世界観に乗り切れないんだよねえ。衣装がちゃちいと。
R藤本のベジータが面白いのは、声が似ている、ネタがマニアックってだけじゃなくて、見た目が完成されてるんだよね。アラが出ない見た目。レイザーラモンHGとかにしおかすみこなんかもそうだけど、彼らは結構見た目に金かけてる。あるキャラを演じるならば、それに合った見た目じゃないと、観る側はその世界観にのれない。ボロボロの衣装で「ベジータだ」と言われても、誰もベジータとして見ない。ちゃんと見た目にお金をかけることで、ネタの面白さがそのまま伝わる。そういう意味で最低限必要な投資。キャラ押しするなら必須。
ところが、意外とここにお金をかけてない。長年着ているようなクッタクタの衣装で出ているひともいる。それだとキャラの完成度が低くなる。見た目で笑えなくなる。ネタより衣装のボロさが気になっちゃうもの。本当は面白いのに、衣装で笑えなくなるなんてもったいない。おしい。

ネタのチョイスがおしい

昨年別のライブに行ったときも感じたことなのですが、ネタのチョイスがどうなのかなあという人が結構いる。

特にそう感じたのは「帽子屋お松」。月亭可朝スタイルで登場して、ネタでもそこに触れたんだけど、東京じゃ月亭可朝はそこまでメジャーじゃないんだよね。ましてや若い人メインとなると。「ボインやでぇー」すら知らない人が多い。そういう状況で月亭可朝スタイルで出てもしょうがないんだよね。元ネタがわからないんですもの。東京でカンカン帽にメガネだと「横峯良郎」になっちゃうもんな。

髭男爵で腹一杯 - (旧姓)タケルンバ卿日記

ま、今回はここまで極端なのはなかったんだけど、「もっといいネタあるだろ」というケースはままありまして。「何故それを」と。若い女性がメインの客層であることを知っているのに、何故ピントをそこに合わせないのか。まして、そういうネタを持っているのに何故出さないか。そこが不思議でして。
やるネタを変えるだけで、客の反応は全然違うのにねえ。もったいない。帽子屋お松にしても、月亭可朝ネタじゃないのをやるだけで、客の反応はだいぶ違ってくるだろうに。もっと受けただろうに。客は同じでも、ネタのチョイスで全然結果は違うのに。
そうあれこれと考えるうちに、お笑い界にはこれが必要なのではと思い至りました。

お笑いにはレッスンプロとキャディが必要だ

前にもコーチやプロデューサーが必要だと書いたわけですが、今回はさらにそれを進めました。

お笑いをゴルフと考えて下さい。芸人はゴルファーです。で、芸人がプロゴルファーとして成功するには、レッスンプロとキャディがいるんじゃないか。そう思ったのですよ。

お笑いレッスンプロ

ゴルフでのレッスンプロは、スイングなどの指導などを行います。有名どころだと片山晋呉上田桃子諸見里しのぶを教えていた江連忠アメリカだとブッチ・ハーモンが有名ですね。なにせタイガー・ウッズを指導していた人なんで。
で、お笑いでは何を教えるかというと、現場に出るまでの一切の準備の指導。衣装なんかもそうだし、ネタの作成、アドバイス、ツッコミのタイミングなどを第三者の目線で教える。レッスンプロがその人に合ったベストのスイングを教えるように、ベストの笑いがとれる方法を教えていく。その人に合った方法を模索し、レベルに応じたテクニックを身につけさせる。衣装のコーディネイトもその一環。キャラクター付けをキッチリさせる。
ゴルフのレッスンプロが必ずしも自身がハイレベルのプロゴルファーであるとは限らないように、お笑いレッスンプロも、芸人経験者である必要はない。なにせ笑わせる相手は素人。素人を笑わせる方法を知っていて、それをプロの方法論にフィードバックできるなら、芸人経験があるかないかなど、まったく問題ありません。客が全員芸人とかだったら、レッスンプロも芸人じゃないとできませんが、現実はそんなシチュエーションないもんね。
ヘタにお笑いを知った気になってる芸人・構成作家とかより、女子高生の方がよっぽどいいかも。だって、お笑いを楽しむ層って、まさにそこだから。芸人・構成作家が面白いと思っても、女子高生が笑わないと意味がない。最近の芸人で女子高生に火がつかずに売れた人ってまずいないからねえ。

お笑いキャディ

お笑いレッスンプロは現場に出るまでの指導。こちらはより現場に近いところでの協力作業。
一番重要なのはクラブの選択。ドライバーか、刻んでアイアンか、みたいな感じでネタを選ぶ。会場の雰囲気、客層、土地柄などを勘案してネタを選び、方向性を決める。「天丼受けそう。天丼押しで行こう」「エロはダメだ。エロなしで」みたいなアドバイスとか。
結局ですよ。このあたりの感覚を芸人自身がわかってない場合もあるわけですよ。空気感が読めてない。特に緊張していっぱいいっぱいのときなんか、空気なんて読む余裕もない。決まったネタをただやるだけ。そのネタが会場に合っているかなんか計算なし。
キャディはそこを読む。風を読むし、番手を読む。アイアンでいいときはアイアンで攻める。会場の風向き以外にも、芸人の調子なんかも加味する。「今日はいけるぞ」となったらドライバーで勝負だし、ダメならOBが怖いので刻もうと。無理な勝負をしない。冷静に判断する。それがキャディの役割。
選手としての芸人がいる。舞台に上げるまでの一切の練習をレッスンプロが請け負い、舞台での微調整や細かな選択をキャディが行う。こういう形がいいのかなあと。ゴルフではごくごくスタンダードなチーム編成。お笑いでは何故か芸人自身で全部やらなきゃいけないので大変なんだけど。演者としてやるだけじゃなくて、セルフプロデュースも自分だからねえ。
ま、本当はこういうのは所属事務所の仕事だし、それこそマネージャーの仕事のような気もするけども、現実はそうじゃないし、そういう機能を果たしてない。当たればゴルフ以上に億プレイヤーが生まれる業界なだけに、チームをつくっても当たればペイするので、やる価値はありそうだけどなあ。少なくても衣装なんかを中心としたキャラクターコーディネイトとか、ネタのチョイスを手伝うだけで芸人さんはだいぶ楽になるし、より面白くなりそうな気がするんだけど。
中小の事務所の方がこういう小回りがききそうな分、先行きありそうな気がせんでもない。育てたら吉本や松竹に売るというプロビンチャ的なやりかたも可能だし。競走馬におけるコンサイナーというか。育成して売る。
お笑いに名伯楽の時代が来てもいい。そう思ったライブ観覧でありました。