(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

ブログ書きは押しが強い!?

全国オフ巡りで各地の皆さんとお会いしたわけですが、こう言われることが多かったんですよ。

もっと押しが強い人だと思ってました

よく言われます。

  • もっとしゃべる人かと
  • 「俺の話を聞け」みたいな人かと
  • 話を聞かない人かと

なんかも類似で。この手の印象をお持ちだったようです。
実際に会ってみて、ご飯を食べて、お酒を飲んで、しゃべってなんかの過程で、どうやら違うぞとホッとされ、そこで「もっと押しが強い人だと思ってました」という話につながる展開。どうもこれが多かったわけですよ。

ブログは自己主張?

で、思うにブログって自分の思いとか考えを書くことが多いわけなので、どうしてもそれって自己主張なわけですよね。客観的な事実を並べたとしても、その選び方によって自分の主観を伝えることもあるわけで。どうしても自己主張という側面から逃れられない。
となると、好き好んでブログを書く人間というのは、まあ自己主張が強い=押しが強いというイメージでとられても仕方のない面というのはあるのかなあと。自分としては「こういう考え方もあるよ」「みんなはどう思う?」「俺はこうなんだけど」くらいの感覚なんだけど、いつも読んでくださる方にとっては、そういう記述が積もりに積もってひとりの人格として認識されていくので、どうしても主張になっていくんでしょうね。
とはいえ、現実、誰かと会った場面で自己主張を滔々とするかというと、決してそんなことはないわけで。もちろん話すのは好きだし、おしゃべりな人間ではありますが、同時に話を聞くことも大好きなんです。人の考えって刺激になりますしね。自分と違う考えこそが自分に欠けている要素でもあるわけで、そういう刺激はなるたけ欲しい。
なので、結構聞き役にまわることも多いのであります。主張を語る側じゃなくて、主張を聞く側。聞いてるのも結構楽しい。
押しが強く見えますが、実際はそんなことねえんですよ。意外と引くんだぜ。自重はしないけど、立場を変えるのはよくする。

ではブログ書き同士で集まると?

じゃ、その押しが強く見える人たちで集まるとどうなるかというと、意外とお互い話を聞き合うんです。それぞれ個性的だし、価値観もしっかりした人ばかりで、我も強いけど、それと「話を聞く」って要素は別物なのよね。
ただ、その話を聞く姿勢はときに怖い。みんな一家言あるから、真剣に話を聞いてる。それぞれ拠って立つベースがあるから、ひとつの話に対して話を重ねて行こうと、スタンバイ十分の体勢で待ち構えてるんですよ。話を聞き終えてから動く。獲物を狙うケモノですわね。
でも、話し上手ってこういうものなんです。どの方もブログ同様、話もおもしろいし、話し上手な方が多いのですが、話し上手というのは、前後の話を無理なくつなげられ、話をより広げられる話術の持ち主。ということは、必然的に、話の展開を理解する能力が高いのです。

話し上手は聞き上手

とはよく言う話ですけど、こういうところがありますね。話のポイントをおさえ、まあよく拾う拾う。暮らしのちょっとしたことを、ブログの記事にしたてあげてしまう方々なので、細かいネタを拾いまくるわけですよ。見逃さないわけです。ちょっとしたお笑いタレント顔負けの感じで。まして文章書いてる人たちだから、言葉遊びもうまいですしのう。
いずれにせよ、ブログでは雄弁でも、実際の場でしゃべる一方って人はあまりいませんね。話を聞く人が多い気がします。ま、話す一方で、誰かが聞かなければ会話なんて成立しませんしね。現実はそんなもんです。
なわけで、タケルンバもそんなに押しは強くありませんし、怖くないですし、むしろ弱気で内気でシャイなアンチクショウなので、気軽に会ってみるといいと思うよ。また旅に出て、あちこちまわると思うし。気安い感じで楽に会いましょう。次の俺のオフ会相手は、あなただ!