(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

「仕方ない」ではじまるマニュアル破り

とある外食店に行きたくなり、事前に場所を調べておこうと、某飲食系ポータルサイトの店情報を見たら、えらく評判が悪い。
基本的に自分はそういう他人の評価を気にしないし、食べ物、特に味に関しては自分の舌を通して感じたことだけが真実だと思っているのだけれど、さすがに気になってしまうほど評価が悪い。
しかもだ、この店のウリはある揚げ物料理。ある地方では味に定評のあるお店の、東京進出店。こういうパターンで、尚且つ揚げ物で、評判が悪いって珍しいのだ。外食店事情にちょっと通じている人間にとっては、非常にレアな話で、ありえないケース。
というのも、揚げ物というのはあらゆる料理の中で、味のコントロールがしやすい部類に入る料理。ファミリーレストランや居酒屋なんかの業態でも、アルバイトスタッフに安心して任せられる分野なのです。決められた手順で下ごしらえをして、決められた時間、決められた温度で揚げれば、まずは味がぶれない。均質なものができやすい。
居酒屋のキッチンスタッフで説明すると、こういうヒエラルキーがあるもの。

刺し場→コンロ場→→(越えられない壁)→→揚げ場・焼き場

刺し場というのは文字通り刺身をつくる部門。生ものを扱う分野。場所によっては「サラ刺し」という言い方で、サラダも担当したり。
で、この分野には基本的に最も熟練したスタッフをあてるのです。何故かと言うと、生ものなので、最も衛生的な意識が求められるし、食材の切り方、配置などで味や見栄えが大きく変わってくる。技術の有無が、料理としての価値の高低に直結しやすいのですね。
次がコンロ場。フライパン・中華鍋で炒め物なんかをつくるポジション。焼きそばやチャーハンなんかもここですね。
このポジションも技術が味に出やすい。炒め物って火加減が仕上がりに影響するわけですよ。チャーハンなんかまさにそうですけどね。ご飯がパラパラしてるかどうかは腕の差。火を御し、食材を御すという調理技術。同じ食材を使っても、腕の差が露骨に出る。見た目ではごまかせても、口にすりゃばれる。
一方、揚げ場・焼き場というのはそうでもないんです。この間に越えられない壁があるんです。
焼き場っていうのは焼き鳥とか、魚の焼き物(ホッケ・シシャモとか)をつくるわけなんですが、こういう設備がありまして。

ジェットオーブンと言います。ベルトコンベア式で稼動し、真ん中の部分で熱風をあて、それで加熱・調理する設備。
これを使うと火加減も何もないんです。温度をデジタルで設定すれば、その温度で加熱するんです。そして調理時間も関係ないんです。ホッケなら端から2周とか。焼き鳥なら1周とか。あるいはこの食材は真ん中から入れてとか、レンジで○秒温めてから、とか。そういう風に事前に決めておけば、ベルトコンベアに乗せた位置で加熱時間をコントロールできる。同じ仕上がりになるようにコントロールできる。
つまり作業手順書、マニュアルさえしっかりしていれば、同じ品質のものが誰にでもつくれるわけですね。同じところからベルトコンベアに乗せる限り、同じ焼き加減で仕上がるわけで。
しかもチェーン店とかだと、セントラルキッチンで下ごしらえされたものが届くので(焼き鳥だと串打ちまで済んだものが届く)、どこの店でも調理するものは同じ。なので、店間での味のぶれがないんです。ぶれようがないんです。同じチェーンであれば、同じ品質のものができるはずなんですよ。基本的にはね。

じゃ揚げ物は?

そして揚げ場にも焼き場でのジェットオーブン同様の設備があります。

連続フライヤー。別名コンベア式フライヤー。小さいカゴのようなものに揚げるものを入れ、カゴごと油の海に投下する。そうするとコンベア式でそのカゴが移動し、一定時間が経てばそのカゴが排出され、カゴの中身が揚げあがると。
これもカゴを入れる位置で、揚げる時間を調節できるので、誰がやってもマニュアル通りにやれば、味に間違いが出ないはずなんですよ。決められた手順以外のノウハウなんてない。アドリブを差し挟む余地なんてありませんしね。コンロ場ならまだそれがあるけど。塩分足りないから塩足そうとか。揚げ場はそういうものもない。
まあ、ここまでいいフライヤーを使ってないとかの設備上の問題はあるにしろ、揚げ物の味を左右するのは油の温度管理と、揚げる時間の管理だけ。油の温度はフライヤーがコントロールするはずだし、時間はキッチンタイマーを使えば済む話。設備はそこまでの理由にならない。また、チェーンであれば同じ食材を使うので、食材差は発生しないわけだし。同じ温度、同じ時間揚げれば、仕上がりの味も同じになるはず。
……というのが外食関係者の常識中の常識なので、揚げ物で評価が低いというのがにわかに信じがたいわけですよ。評判店の支店なのに。何でだろう。でもこれしかないよな、理由は。

マニュアルの不遵守

食材は本店と同じものを使っているはず。であれば、店舗特有の理由があるはず。その店舗特有の理由とは、本来決められた手順、やり方を守っていない。作業手順書を守ってない。つまりはマニュアルの不遵守の疑いが強い。
よくあるのは「ラクだから」という理由のアドリブ。「面倒だから」という理由の手抜き。何かの手順をすっ飛ばす。あるいはより簡単な方法に変える。「20分漬けておく」を10分に変えるとか。「手でちぎる」を包丁で。1kgずつの処理を5kgまとめてとか。温度が上がりきっていないが、いいや入れちゃえ。揚げ置きを出してはいけない決まりなのに、それを廃棄せずにお客様に出した。どれもありがちなパターン。
しかし決められた手順を守らないことで、本来できるはずの味が失われるんです。揚げ物というのは誰がつくっても再現性が高いもの。決められた手順でつくれば、誰がつくっても同じ味になるわけで、だからこそ経験が浅かったり、調理経験のないアルバイトに任せても大丈夫なわけだけど、手順を変えれば、味も当然変わってくる。手順を変えれば再現できなくなる。
しかも手順を変えた当人には、悪いことをしたという意識がないのが普通。こういう困ったちゃん店舗を仕切る人間が言う定番のセリフがありましてね。

「こうでもしないと、店がまわらねえんだよ!」

品質よりも作業を優先させてしまう。忙しいとか、混雑をしていることを理由にするケースがあるんです。ま、そういう言い分はわかるんですけどね。フランチャイズチェーンだと、本部からのチェックスタッフと、店舗スタッフがぶつかる名物ポイントなわけで。現場は現場でまわしたい。まわさないとやってられん。実際やってるのは自分たちなわけでね。なるべくラクな方法で、というのも人情だし、「待ってるお客様がいるんだ」というのも人情ですからねえ。まあそういう気持ちは痛いほどわかる。

「じゃあお前がやれよ」

ええ、よくあるパターンですねえ。外食に限らず、本部と現場、ホワイトカラーとブルーカラーみたいな構図おなじみの逆ギレパターンですねえ。現場の力が微妙に強いときによく吐かれるセリフでございますよ。

  • 手抜きしたくてしてるわけじゃねえんだ→仕方ない
  • 本当はきちんとやりたいんだ→仕方ない
  • でも、それはできねえんだよ→仕方ない

という話で攻めてくるわけですね。できないことを「仕方ない」でまとめてかかるわけです。挙句の果てに「できねえことを要求するお前らがおかしい」みたいな話になったり。
とはいえ、本当はできるし、できるはずだし、できなきゃおかしいのですね。外食チェーンであれな品質の維持って大事ですからね。どこのマクドナルド行っても、ポテトの味は一緒でしょ? 「あそこの店の方がポテトうまいから、あっち行こうぜ」とか「あそこのハンバーガーより、あっちの方がうめえよ」って話にならんでしょ? それは同じ食材を同じマニュアルでつくり、管理しているからなわけですよ。店舗間の差がないのが当たり前だし、それがチェーンとしての信用なわけです。ガストだってサイゼリヤだって、和民だってみんなそうですよ。
なので、こういう当たり前ができない店ってのは、スタッフに問題があることがありましてな。それも幹部級。指示を出せる立場。間違ったやり方を指示し、それを新人がマネをする。その繰り返しで、その店舗独自のやり方が生まれてしまう。独自のやり方なので、チェーンとしての味から乖離してしまう。別の味になる。となると、本来の味を求めて来た人にとって、不満を感じてしまうのは当然の帰結なわけで。きっちりつくればうまいものを、きっちりつくらなければ、その「きっちり」の差だけはしっかりおいしさが失われる。……当たり前の話ですよね。

調理マニュアルにとどまらない

また、調理マニュアル破りが常習化している場合、調理以外の約束事も守られていないのが普通でありまして。特に接客と衛生ね。「忙しければ手抜きしてもよい」という感覚が普通になると、ぞんざいな接客しても気にならなくなるし、掃除が行き届いてなくても気にならんのです。忙しさの解決が優先順位の上位に来てしまうわけなんで。
となると、外食業界で言うところの「QSC」が全滅になる。

  • Quality(品質)
  • Service(サービス)
  • Cleanliness(清潔さ)

こういうものにValue(価値)はつかないわけですよ。人によってその優先度は違うけど、味、サービス、清潔さのどれかに不満を持つと、そういうお店に対していい印象は持ちませんからなあ。
もちろんマニュアルは最低限の決まりごとで、最低ラインを定めるための知恵。これより上に行くならマニュアル破りもいいことになりうるわけですが、単なる手抜きのマニュアル破りは、最低ラインを下げるだけ。食べ物であれば味の低下。手抜きをすればするほどまずくなる。
外食以外でもこういう話ってありそうね。現場の判断のマニュアルカット。で、気がつくともの凄く重要なエッセンスが抜けていて、完成品の品質が下がるパターン。実際に作業する人間にとっては、その手順が完成形にどういう作用を及ぼすかということより、その手順を抜かすことでどれだけ効率が上がるかを優先したりしちゃうもんだし。
揚げ物を通して、こういう制服と現場的な相克に思いを馳せるわけでありました。