(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

食文化の集団安全保障はいかが?

食べ物の好き嫌いって、国とか地域、あるいは民族、宗教ごとにあれやこれやがあるわけでしてね。

レタスなんかの葉もの野菜ですら、加熱処理してから食べるのが当たり前の国とは事情が違うわけでして、ええ。日本じゃサラダの材料だけど、向こうじゃ炒め物の材料だからな。オイスターソースでサッと炒めたりとか。
中国ついでだと、王府井で売っているような、ゲテモノ串シリーズは俺にとっては気持ち悪いものだし。

ヒトデは食えねえ。
さらに中国ついでに書くと、日本の生卵がアレなら、マオダンはなんだよ、どうなんだよ、と言いたい。

バロット(フィリピン語 balut)とは、孵化直前のアヒルの卵を加熱したゆで卵。 フィリピン以外にも東南アジアの広い地域で食べる。ベトナムではチュンビロン(trứng vịt lộn)・ホビロン(hột vịt lộn)、中国では「マオダン 毛蛋 máodàn」、「スータイダン 死胎蛋 sǐtāidàn」などと呼ばれる。

バロット - Wikipedia

食べ物だけどグロ注意だから、あれ。

勇気ある者だけ見ると吉。俺は見たくもないし、食べたくもない。
しかしこれが好きな人だっているわけだし、おいしいと思う人だっているわけだし、日常食の地域だってある。「食」ってそういうものだと思うんだな。同じアジアながら、卵を生食する地域があったり、加熱するのが当たり前な地域があったり。こういうのはお互い言いっこなしと思うわけだ。
ちょっと前までは寿司だって「魚を生で食べるのは気持ち悪い」わけだったし。魚の生食なんてありえなかった。ところが今や毎年の初競りでマグロを落とすのは香港勢。

最高値のマグロを落札した仲卸業者から購入したのは、昨年と同じ香港の飲食店チェーンと中央区銀座の高級すし店。

http://mainichi.jp/select/biz/news/20110105dde001020025000c.html

見た目の抵抗感がないから、他のものよりは受け入れやすかったのかもしれんけど、まあ、変われば変わるというほかない。
なわけで、日本とか中国とか、あるいは韓国とか東南アジアなんかも含めて、食に関しては「相互不可侵」で行ったほうがいいと思うわけね。お互いに独自の食文化がある。お互いに「それはちょっと……」と思わなくもないものもあるけれど、それはそれとしてお互い尊重していく。
特に欧米なんかには「アジア」という地域で対抗した方がいい。例えば韓国の「犬食」を問題にしてきたら、「いやいや、これは文化ですから」とアジアで守る。日本のクジラなんかもそういう感じかな。
マオダンだって、いつ動物愛護関係の団体から難癖つけられるかわからんしな。昆虫食だってなんだって、自分が食べない・周囲にない・想定にないような人にとっては、基本的に「気持ち悪い」になりがちだし、場合によっては批判の対象になるわけだし、それが進んで妙な抗議行動になる可能性もある。自分が理解できないものに対して敵意をむき出しにする人って一定数いるものだし。そういう敵意と宗教的なアレが結びつくとさらに厄介だし。
なわけで、中国のあれやこれやをあげつらうよりは、「お互い変わった食生活してんだから、お互いにいちゃもんつけるのやめて、他の国にいちゃもんつけられたら、お互いにかばいあいましょうよ」の方が建設的だと思うわけだ。マオダン好きな日本人もいるわけだし、卵かけご飯にハマった中国人も少なからずいるわけだし。お互いの食文化を批判しあうのじゃなくて、お互いの食文化を尊重し、アジア圏の食文化に対して批判があったら、地域で対抗していった方がいいと思うんだ。
食文化の集団安全保障をアジアでやってみるってのはどうですかね。