(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

それは本当にシンプルか?

率直に言って、それはシンプルではないと思うんだ。

「諦め」とか「割り切り」の理由付けではあっても。
ブログはストックである。ブログよりコミュニケーションに適したツールはある。
これは事実だと思うし、同意する。同意するけども、それはブログ以外のツール(TwitterTumblr)がストックに適さないことを意味しないし、ブログがコミュニケーションに適したツールではないことを意味しない。

何でもありのおもちゃ箱足りえるか

ブログというツールにとって、最も大事な点はここだと思う。情報の蓄積が可能であり、同時にコミュニケーションなども可能であるかどうか。いや、これだけじゃないな。様々な利用者の、様々なニーズに応えうるものであるか。ここが大事じゃないのかな。
個人的な話で言えば、俺のネット生活のはじまりは個人サイトで、その個人サイトで文章を書き、公開していた。IBMのホームページビルダーで文章を書き、FTPでアップロードし。その繰り返しが俺のネット生活のはじまり。
この繰り返しの中でやっていたことは、新しい文章をトップページに載せ、新しくなくなった文章を、過去の文章の保存ページに移動させることだった。最新をつくり、「元」最新を過去ログに移す。その繰り返し。
俺はこの作業が面倒に感じたから、ブログをはじめようと思った。それで見つけたのがここ、はてな。「ブログ 無料」とかで検索して、たどりついたのがはてな。今からもう7年以上の前のこと。
俺がブログに要求したのは、日々の更新の煩雑さから逃れること。文章は書きたいし、ネットに残したいが、それ以外のことはあまりしたくない。それが個人サイトからブログに移行した動機。そしてその目論見は結構な割合でかなっているから、こうして今日もブログを書き続けているわけだ。
でもって、俺が思う「シンプル」とは、こういう煩雑さをなくす知恵であり、サービスだと思う。利用者にとって面倒な事を、技術の力などで解決する。その術をサービスとして提供する。わかりやすいアイコンや説明、プログラムによる自動化、困ったときのヘルプ機能などなど。
そしてそれは機能を絞ることを意味しないと思う。ものすごい高機能を、ものすごくわかりやすく。これが前向きのシンプル。本来技術や知識を要求することを、それがない人でも、いとも簡単に実現させてしまう。技術者が語るべきシンプルとは、本来こっちではないか。
もちろん機能の絞り込みもシンプルではある。携帯電話におけるらくらくホンとか。でもこれは技術者が語るべきシンプルではなくて、マーケティングとかの結果じゃないのかな。高齢者にとってわかりやすい製品がなくなった結果、機能がほとんどない製品のニーズが生まれただけ。
はてなブログにも同じ印象を持っている。機能の絞り込みは結構だけど、それは技術者側が声を大きくするポイントと違うよ。アピールポイントと違う。

使う側が必要・不必要な機能を判断できる

これがいいブログサービスだと思うんだ。提供者側は技術を盛り込めるだけ盛り込む。利用者がわかりやすいように、使いやすいように。そして利用者が、自分のブログをやる目的にそって、その機能を使うとともに、使わない判断をする。
フローとかストックとか、使い方を利用者側が限定してはダメなんだ。
コミュニケーションというブログの使い道を否定してはダメなんだ。
何でもできる。はい、どうぞ。この環境を如何に利用者の視点に立ってできるか。
ない機能は作らない。
他のブログサービスでできることは、全部うちでできるよ。しかももっとわかりやすく。
俺はこっちの考え方が大事だと思うんだけどね。
それが技術者の目指すべきシンプルじゃないか?