(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

お客様を見るか、利益を見るか

店長の問題でもあるし、その会社の社風としての問題でもある話。

一言で表現すれば、優先順位なんですよ。
自分がサービス業時代に仕込まれたのはこの考え。

「お客様にNoを言わない」

基本は断らない。「No」を言うなと。これは徹底された。特に現場サイドであればあるほどそう。お客様に直接接する立場の人間が、お客様に「No」を言ってはならない。「Yes」を返すために何ができるかを考えよ。お客様の立場になって「Yes」を返せと、口すっぱく教えられた。言い換えれば「顧客第一主義」でもあり、「カスタマー・ファースト」。上司や会社を向くのではなく、お客様を向けと。職務がサービススタッフならば、お客様をサービスするプロフェッショナルであるべきで、お客様のためになることを優先して考えればいいと。
ただ、この職務は出世や役割変更によって多少変わる。例えば店の店長になると、店の経営責任者となる。そうなると従来のサービスのプロフェッショナルという立場から、店舗経営のプロフェッショナルになる。職務が変われば、目指すものが変わるわけで、当然にプロフェッショナルとしてのあり方も変わるはず。基本的には店長は店舗として利益を出す職務。それが店の評判であれ、リアルな売り上げ金額であれ、何らかの結果を出すことが求められる。
その場合の店長のあり方として、「お客様にNoを言わない」を徹底するかどうか、という企業文化の問題がどうしても出てくるんです。会社としての姿勢の問題が絡んでくるんです。利益を出すために「No」が認められるか否か。この差は非常に大きい。
言い換えると「Yes, but...」の文化があるか、ってことでもあるんだよな。店の利益を考えると、店長として困ることがある。リンク元吉本ばななのエピソードもそう。他の客にも同じ事をされたら困る。それが定着してしまっては売り上げに支障があるし、多店舗展開しているチェーンであれば、他の店舗に迷惑がかかる。社内のマニュアルに違反することかもしれない。
しかしそれでも「お客様にNoを言わない」「Yes, but...」の文化があれば、それを諒とする妥協点を見出すものなんです。「利益を出す」という店長としてのプロフェッショナリズムより、サービス業としての「お客様にNoを言わない」「Yes, but...」という哲学が優先する。こういう社風があるかどうかで店長の行動様式が決まるわけですよ。
例えば見て見ぬフリをしても良かった。気づかないフリをすれば、次回、本当に困るケースに注意ができる。また席に行って「持ち込みはお断りしているんですが、本日だけ特別ですよ」とクギを刺してもいい。店長としては継続的な行為になると困るわけだから、継続しない一回限りであることで先手を打ってもいい。ワインボトルを預かって、店の方で注ぐというのもアリだ。店としては他のお客様に持ち込みボトルであることがばれ、「あ、持ち込んでいいんだ」と理解されることがまずいわけだから、店の方でそれを隠蔽すればいい。
逆にこれを逆手にとって積極的に行動する方法もある。店のファンをつくってしまう方法もある。店長自らワイングラスを持っていく。「何か記念日ですか? 本当は持ち込みはお断りしているんですけど、ナイショですよ。よかったらこちらのグラスをお使いください」と声をかける。さらに一品何かサービスでつける。ワインに合うチーズとか。そこでダメ押しに「また次の記念日も当店を使ってくださいね」と言えば完璧。この店のファンになること間違いなしだ。
とまあ、ちょっと考えてもいろんな方法がある。保守的な方法も、積極的な方法もある。要するに、持ち込みを繰り返してやられることや、他のお客様にマネされるのが怖いし、それは店としての損失につながり、利益に反する。そうした行為を丸呑みするわけにはいかない。単なる「Yes」は店長として返せない。なので、それを防ぐ方便の提案としての「Yes, but...」か、それを積極的に活用して、損失を大きく上回る利益を創出するための過剰な「Yes」で反応すればいいだけのことだ。

プロフィット・ファースト

なので、この事例のように拒絶した場合考えられるのは、こういうサービス哲学のない会社が経営する店舗だった、ってことなんですよね。「お客様にNoを言わない」「Yes, but...」より、その店、その会社としての利益が優先する。「顧客優先主義」ではなく「利益優先主義」。「プロフィット・ファースト」だと。
あるいは店長自信がこういう哲学を理解していない可能性もあります。会社としてはそういう文化があったけども、店長にそういう発想はなかった。あるいは、本当にここまで優先していいものかの判断力がない。「やっていいものか」という知識がないから、体が動かなかったというケースもあるだろうな。頭からダメと決め付けて、良いとする発想がなかった。

大事な人ほどいなくなる

しかしどっちにしても長く続かない。「そして多分あの店はもうないだろう、と思う。」と吉本ばななが指摘しているように。
まずはお客様が離れる。その店がお客様を向いているか、利益を向いているかはすぐわかる。自分に投げつけられた「No」の数だけよくわかる。お客様が「Yes」を期待すればするほど、「No」が返ってきたときの落胆は大きい。そしてその店に対する思いが強ければ強いほど、「Yes」を期待した大事な店の使い方をするはずで、店にとっての上得意な客であればあるほど、手放すリスクも高くなる。
そしてもっと大きいのが、従業員も離れるということ。この例にあるような気の利く従業員は貴重で、なかなか得がたい。顧客優先主義を守った立派なサービススタッフだと思う。しかしそれが元で店長に怒られてしまうようだと、そういう店で働けなくなる。サービススタッフとしてのプロフェッショナル意識が高ければ高いほど、それに反する店、会社、店長のもとでは働けない。優秀な人間を失うシステムができてしまう。
まあ、彼女にもミスはあって、それはいわゆる「ホウレンソウ」。報告・連絡・相談。お客様にグラスを出すことを何故店長に相談しなかったのか。こういう問題を指摘することはできる。けれどもだ、それとて怒ることじゃない。彼女がまずいのは、店内の情報伝達の問題であり、店長との職務関係のミスであって、接客上のミスでも何でもない。サービススタッフとしては、お客様により良いサービスを提供したのだから、何も間違ったことをしていない。「こういうときは相談してね」と注意すればいいだけ。店長と店員の職掌を明確にするだけのこと。
なので、こうした「ホウレンソウ」の問題から、サービススタッフとしてのモチベーションが落ちるというのは非常によくある話。これまたサービススタッフとしての意識が高ければ高いほど起こる。意識が低い人とは、こういうプロフェッショナリズムのせめぎあいは発生しない。
なので、このサイクルが続くと、「利益優先主義」を諒とするスタッフと、そういう哲学とかの意識を持たないスタッフだらけの店になり、当然に接客レベルが落ちる。となるとどっちみちお客様が離れるので、どっちみち店は持たない。長続きするわけがないのだ。いい人ほど失う体制なのだから。店に対する思いが強い人ほど失いやすい土壌ができてしまうのだから。
とはいえ、「利益優先主義」でもそこそこ儲かるし、儲かるという現実があるから、そういう割り切りもできる。長い目で見ればマイナスなんだろうけども、長い目で見なければそこそこやっていけてしまうという現実もあるのが難しい。お客様も従業員も、そして店舗のパッケージングも使い捨てというところがありますからねえ。まさにそういう企業文化の問題なわけですが……。誰にとっての企業文化か。誰にとってのサービス業か。それが透けて見える話ではあります。サービス業関係者としては受け入れ難い企業文化ですけどね。むう。