(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

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被災地の今を訪ねる (5)

被災地の今を訪ねる (4) - (旧姓)タケルンバ卿日記 より続きです。
引き続き沿岸部を北上。仙台空港周辺の状況を視察し、ホテルに入る。

宿はこちらを予約。仙台空港から近く、有料道路などへのアクセスもいい。
ホテルに入ってまず思ったのは、ADバンなどの営業車両の多さ。平日のビジネスホテルゆえ、そういうものなのかもしれないが、駐車場の車両はほとんど営業車両。
翌日の朝食会場では、作業服姿の男性を多く見かけた。作業員というよりは、測量などの技術職っぽい方々。
仙台空港津波の被害を受けた場所で、現在も周辺では道路などの復旧工事が多く見られたが、それよりなにより多く見るのが、実は測量作業。至る所で測量している。
それはまあ当たり前で、これから復興するにも、復旧作業をするにも、まずは地形がどうなっているかを確認しないと工事がはじめられない。今のところこれは行政の工事に関わるものが主だろうけども、今後はこれに登記関連の測量が加わることが予想される。土地の区分の権利関係を精査するために、測量は欠かせない。津波が押し寄せた地域では、土地の区分を示す目印がなくなってしまったからだ。
逆に言うと、瓦礫の処理が終わった地域と言えど、建設というプロセスに進めない段階であることを示している。今はまだ準備段階。やっと片付けが終わり、作業がはじめられる状況になった。次に何が出来るか土地をもう一回検分してみよう。現在はそういう状況ということだ。
復興予算の使い回しが問題になっているけども、実際に被災地を見ていくと、復興予算の使い道がないという現実に気付く。まだ、何かをつくる状況になっていない。その下段階が整った地域が少しずつ出てきた状態にすぎない。
そのために、使い道が想定されるもの以上に予算があるという状態になっている。いつかはその予算は必要になるし、復興に必要なお金となるだろうが、今、現在それを使う方法があるかというと、そういう段階ではない。
また、そこに単年度予算という財政の仕組みそのものが壁になっている。今、使えないお金をプールして、翌年度以降の復興にあてる仕組みがあれば話は単純。しかしながら、国の予算というものは、そこまでフレキシブルな仕組みになっていない。余らせた予算は、翌年度削られてしまう。「貯めといて使う」ことができない。
予算を使うには、その予算の使い道を決めなければならないし、使い道を決めるには、震災前の状況に戻すのか、戻さないのか。戻さないなら具体的にどうするのか等に答えを出さなくてはならない。津波が来た場所に集落を再建するのか。するならどういう規模で再建するのか。今後同じような被害を防ぐために何が必要なのか。その規模はどのくらいを想定するか。お金は国? 県? それとも自治体? 再建しないのであればどうするか。移転するのか、合併するのか。どこへ? どこと? 答えがなければ前に進まない。
そのため、被害が軽微なところから復興が進んでいる。被害が深刻な地域ほど、何を目指して復興するかの結論が出しにくいため、具体的な復興に手がついていない。答えが明確であればあるほど、復興に道筋がついている。
今後は自治体によってさらに差が出てくるだろう。それは被害の深刻度の差による復興テーマのわかりやすさの差でもあり、自治体トップであるとか、議会であるとかのリーダーシップの差でもある。突き詰めると、「予算がつきやすい具体的なプロジェクトに話を落とし込めるかどうか」という政治的な話でもある。
まずは瓦礫処理。そして瓦礫を輸送するインフラ整備。具体的にはまず道路。そして港、次に鉄道。仙台空港は比較的優先順位が高かったようだ。東北の空の玄関口であるから。
さて、次にどうするか。復興の踊り場というのが現状なんだろうな、ということを思った。瓦礫処理などの片付けと、測量などの準備。建設工事はほとんど進んでいないという現実。
「復興予算の使い回し、けしからん」という単純な議論ではなく、その復興予算を使うに使い切れないという現実を知ること。しかしそれでも今後どこかで使うお金であり、どうそのお金をどうやってプールし、いざ具体的な工事になったときに全力で支援するか。こうした部分に知恵が必要なんだなと思った。
すべてはまだこれから。まだ何もはじまっていない。
(つづく)