(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

焼肉小説「カル美」

「テッチャン。ちょっと待ってよ、テッチャン」
ハラ美の声が聞こえた。
「なんで……なんで……なんで私を焼いてくれないの? もう私は用済みなの?」
言えなかった。ハラ美に本当のことは。ハラ美よりカル美の方がいいなんて。並のハラ美より、特上のカル美がいいなんて。
ハラ美は常に筋張っていた。そこがハラ美の良さであり、その繊維質を感じさせる性格が、ハラ美の良さということは、これまでの長い付き合いでジュウジュウ承知していたことだが、特上のカル美と出会ってしまうと、どうしても見劣りを感じてしまった。
カル美には一切の筋張ったところがなかった。まろやかに全てを包み込む母なる味わい。融点の低い脂。噛むと甘さを感じる。それは確実にハラ美の魅力を上回っていた。まさに特上。並のハラ美では敵うべくもなかった。
「私の……私のどこがいけないの? 確かに並だけど、あなたは……あなたはこれまで散々噛みしめてきたじゃない。あれは遊びだったの? 本気じゃなかったの?」
本気になったことは事実だった。実際、ハラ美も最高だった。至福のひとときをくれた。でも……今はカル美なのだ。カル美が愛おしい。カル美を愛してしまったのだ。
「ごめんよ、ハラ美。もう終わりにしよう」
「もういいの? 無煙ロースターは終わりなの?」
「おしまいだ。火を消してくれ」
「……これから、てぐタンのところに遊びに行くのね。あなたは私をもてあそび、カル美をもてあそび、てぐタンをもてあそぶのね」
何故それを。一瞬驚愕した。てぐタンとの甘いひととき。秘密だったそれを、何故?
「私、知ってるんだから。小袋先輩から聞いたんだから。しかも、こむタンとも遊んでいるんでしょ。シメをてぐタンにするか、こむタンにするか。モツの男は大変ね」
こ、こむタンのことまで。こいつ、どこまで知っているんだ? まるで肉をひっくり返したかのような豹変振りに戸惑う。
「カル美は知ってるのかしら。いや、知らないでしょうね。知るつもりもないでしょうし。ねえ、テッチャン。今日、カル美が何しているか知ってるの?」
知らない。カル美は今日何を?
「教えてあげるわ。今頃彼女はハチノスよ」
「ど、どういうことだ?」
「ふふふ、まだわからないの? ハ・チ・ノ・ス。センマイになってるかもねえ。いずれにしても原型をとどめているかしら。みの先輩は荒っぽいから。あの歯ごたえ、テッチャンも知っているでしょ?」
脂っ気が引くようだった。真っ白になった。もはや何も考えられなかった。どこだ、カル美。ウォークイン冷蔵庫をぼくはカル美を探し、歩き続けた。
……カ、カル美!
(つづく?)