(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

ブログをやっていて良かったこと

週刊はてな」の【今週のお題】にのっかってみるか。

いろいろあるけど、これに尽きるだろうな。

きっかけを得た

すべてはこれなんです。あらゆるきっかけを得た。いろんな分野のスタートラインに立てた。こういうことなんだと思うな。結果どうこうって話じゃなくてさ。何が育つのか、育つものが花なのか草なのかわからないし、きちんと育つ保証なんかないけども、とにもかくにも種を蒔いた。これがでかいんだな。
いわば、はてなというブログサービス会社は畑で、ブログを続けるということは種を蒔くこと。日々の更新は水をやったり、雑草をとったりという世話。俺は「はてな」って畑で農業をやってるんだよ。農業をすることで、あらゆることがはじまったんだよ。
たとえば近隣の畑の皆さんとお知り合いになると。はてなでブログをやってる人同士の付き合い。あるいは、遠くの農場のなんとかさんに会うと。アメブロの、ライブドアの、FC2のとか。言うなれば農家同士の付き合いですよ。日々やっていることは似ているので、話も合いやすい。
もちろん異業種交流だってあるわけですね。話はこと農業、ブログに限らんと。例えばTwitterで知り合うこともありますが、これなんかは農業のサイドビジネスと考えるとわかりやすいかと。農業のついでに鶏とか豚を飼いはじめたようなものですな。そうすると畜産関係の知り合いも増えるし、結局はビジネスなので、そういう話題つながりの知り合いも増えていくと。アフィリエイトみたいな兼業農家の方も大勢いらっしゃいます。
そうやって人のつながりが広がっていくと、こちらから話を聞きたいというわけで「自分と会ってください」と申し込んだり、逆に向こうから興味を持っていただいて「会いましょう」というケースもある。「今度僕も農業やるんですけど、どうすればいいですか?」みたいな質問を受けたり。あるいは農業の先輩として答える一方で、自分よりもさらに先輩に助言を受けたり。「あ、それならこっちの農薬の方がいいよ」的に新たなツールを教えてもらったりね。
中には「たまたま通りかかった」みたいなケースで縁が生まれることもある。疲れたんで、座って休んでたらそこはタケルンバ農場であったと。で、俺もたまたま通りかかり、話しているうちに「こいつ、おもしれえなあ」と意気投合とか。ま、ざっと畑とかに例えましたが、こういうことがあるわけね。
でだ、現在の状況って誰もが必ずしもそうなるって話じゃなくて、かなりたまたまだし、偶然だし、俺が恐ろしいくらいの強運で、周囲の人に恵まれていただけの話なんだ。けれども、そのたまたまとか、偶然とか、強運を生かすチャンスってのは、種を蒔いたからなのよね。種を蒔いたから花が咲くチャンスを得られた。作物を獲るチャンスを得た。それは来る日も来る日も、畑に水をやったりしてたからなのよね。反応があろうが、なかろうがさ。芽を出す気配すらなくても、ひたすら続けてきたからなんです。
今、状況はさらに進んでいて、ブログを通じて知り合った人をきっかけに、さらなる人と出会ったり、逆に俺は両人とも知ってはいるが、当事者同士は知らないというふたりをつなげたり。そういう拡大再生産のターンになってる。種を蒔いて花が咲き、実になって種が獲れた。そしてその種を蒔いた結果、もう一回収穫期が来たと。そんな感じなわけですよ。
恐らく今後も新たな出会いはあるだろうし、極端な話、ブログを閉じたとしても交友関係は広がっていくような気はする。しかし、そのすべてのきっかけをつくったのはこのブログ。タケルンバ卿日記をやってたおかげなんじゃないかなあって思ってる。細かい出来事のひとつひとつもブログの恩恵ではあるんだけど、それよりなにより、そうしたものが生まれるきっかけになった。それが自分の中では一番大きいところだな。

ブログは畑である。母なる大地である。

こう言ってもいいんじゃないかなあと思う次第でありますよ。やってて良かったなあ、ブログ。そして続けてきた良かったです。まる。