昔々あるところに、たけるんばという者がおったそうな。
あるとき、たけるんばの元に京都から「はてな」という薬売りが来てこう言った。
「たけるんばどん、たけるんばどん。『はてぶ』というそれがしの薬箱を置いてはもらえんか? なにお金は一銭もかからぬし、面倒なことは何もないゆえ」
お金がかからないということであれば、たけるんばには断る道理もありません。たけるんばは、はてぶを置くことにしました。
「薬を使う場合はこの帳面を使われよ。なに、単なる記録。それがしが見るものではござらん。たけるんばどんが管理されよ」
と、はてなという薬売りは言い残し、薬箱と帳面をたけるんばの元に置いていくのでした。
時がたち、はや幾年。何回目かの薬箱の確認に、はてなはたけるんばの元にやって参りました。
いつものようにはてなは薬箱を確認し、それをたけるんばは眺めていたのですが、不意にいつもと様子が違うことにたけるんばは気付きました。
「はてなどん、はてなどん。今、何をしておるのじゃ?」
「たけるんばどん、たけるんばどん。帳面の写しを作っておるのじゃ」
「帳面の写しを作ってなんとする」
「この帳面は誰が何の薬を使ったかが一目でわかる優れもの。宝の山なのじゃ」
「いつから写しをとることになったのじゃ?」
「今日からじゃ」
「写しをとること、事前に聞いてはおらぬぞ」
「京都にて高札を立て、知らしめておる」
「しかしそれがしは聞いてはおらぬ」
「たけるんばどんが知らないだけじゃ」
「なんと。ではわしの責任と申すか」
「そこまでは申さぬ」
「では、薬箱を引き上げられよ」
「あいや、待たれい。たけるんばどん。この薬箱を置く上は、帳面の写しは必須なのじゃ」
「それはそちの問題でござる。わしの問題ではござらん」
「わかっておる。そこでじゃ。こちらの薬箱に替えてもらえんか。これなら帳面は必要ござらん」
「どう違うのじゃ?」
「中身は同じじゃ」
「何故こちらが替えねばならぬ」
「決まりじゃ」
「そのような決まりは存ぜぬ」
納得がいかないたけるんばは、京都の薬売りに薬箱を突き返すのでした。
おしまい